平和の文化を沖縄から
―Building the Culture of Peace from Okinawa
司会・提案:淺川 和也(東海学園大学人文学部) 提案:森山 淑夫(千葉県立磯部高校)/ 室井 美稚子(長野県須坂高校)
提案 I. 国際理解教育と平和の文化
社会的問題をテーマとした映画や英語の歌(ポップス)が学習者の問題関心を喚起し,意欲を高め,意見を引きだすという事例にもとづくワークショップをこれまで持ってきた.また,グローバル教育がすすめる協働はコミュニケーションをはぐくみ,環境への行動を支えるという視点でのシンポジウムも行った.いずれも地球的問題への主体的学習の可能性を十分に示すものであった.
2000年は国連が定めた平和の文化国際年であり,今後、非暴力と平和の文化のための10年をすすめるとしている.そこで非暴力と平和の文化の追求のために第39回全国大会の場が沖縄であることを踏まえ,沖縄について学ぶ教材のあり方をワークショップとして検討する.国際理解を他国理解から自己理解へ,という観点でとらえる時,自国のことを学ぶ教材も求められている."OKINAWA"(三友社出版)という英文教材を開発した室井の経験から,沖縄の教材化の意義と展望を明らかにする.また,阿波根昌鴻さんを描いた映画「教えられなかった戦争―沖縄編」を森山ら英語教師有志グループが英訳した取り組みをもとに,その意義を考える.
提案 II. 英語教材として沖縄を取り上げる意義
高校生向けの副読本としては,かつては欧米に題材を取ったものが多かったが,自国の事柄を取り上げることも発信型のコミュニケーション重視の英語教育への転換が問われる今日,重要なことではないだろうか.教材としては生徒の身近な題材を取り上げるのがよいといわれる。しかし、コミュニケーション活動としてのリーディング教材は,言語材料の制約もあるが,生徒の知的関心を高めるものでなければならない.社会的な関心を喚起し、生徒の視野を世界に開き,読み手の変容を促進するコミュニケーションのための教材開発が望まれる.
沖縄を学ぶのに環境や文化の話題を糸口として,さらに学習を歴史や平和などの社会問題につなげていく.例えば,環境破壊や絶滅動物のことは遠い海外のことのように思われるが,沖縄の珊瑚礁などの実態を知ることによって実は日本の一部にもそうした問題があることを発見することができる.また,エイサーなどの伝統文化が民衆の中に根づいていることにも出会う.ことさら日本人のアイデンティティが強調されるが,沖縄から多様なものの見方を学ぶことも重要である.
これまでも広島や長崎への修学旅行では事前・事後学習などの取り組みがすすめられてきた.近年,高校では沖縄への修学旅行もさかんに行われるようになってきている.一般に沖縄を語る際,戦争体験の継承のみに焦点があてられることが多い.生徒は観光地としての沖縄やマスコミを通じて報道される基地については断片的な知識を持っているが,沖縄の歴史に対する総合的な理解をうながし,豊かな自然や文化にも目を向けさせたい。
沖縄は日本にとって,世界とのクロスロードであり,多文化理解の端緒となり得る.沖縄を英語で学び世界に発信することは、平和の意味を世界の人々と考える契機ともなるとも考える.
提案III.「教えられなかった戦争―沖縄編」の英訳
記録映画「教えられなかった戦争・沖縄編―阿波根昌鴻・伊江島のたたかい」は琉球王国時代の沖縄の歴史から島津藩下の沖縄,明治以降の沖縄,戦中戦後の沖縄,とりわけ1950 年代の沖縄は伊江島の米軍占領下のたたかいを中心に据え,返還後の沖縄のたたかいもおさめられた映画である.もちろん,その中心に阿波根さんの語り,50年代の阿波根さんが縦横に点綴され,効果的な,メッセージ性のある音楽,美しい自然が,時折,配置された1時間50分の映画である.
1996年3月に 高山仁監督の「教えられなかった戦争―侵略・「開発」・抵抗(フィリピン編)」を千葉県の教員有志でシナリオを英訳し,音声吹き替えを行った経験から,1998年末に完成した「沖縄編」についても森山らは監督から依頼を受け,シナリオを英訳し,音声吹き替えを行った.有志8名は阿波根昌鴻さんについて学びながら,春休みから5月にかけて下訳を行い,以降は森山がまとめ役となって文体をととのえ,草稿をネイティブスピーカーとチェックをしていくことになる.6月下旬には草稿を送り,7月半ばにネイティブチェックを済ませたが,8月一杯かけ,全体の三分の一にあたる阿波根昌鴻さんの言葉の英訳を森山が行い,9月にかけて日本語シナリオとつき合わせつつ確認し,草稿を9月下旬に監督のもとに届けることができた.
商業ベースでの翻訳では数百万円かかるとのこと.このような映画は自主上映運動でしか公開されず,制作費の回収さえ見通しがつかない.そこで英語教育は平和教育であるという指針をもつ有志のボランティアでの翻訳となった.この仕事をとおして自分たちが共鳴した映画の思想が世界につたわることになればと考えている.
戦後50年が経過しても依然として存在している沖縄米軍基地,その米国アジア戦略の位置,そしてその存在が沖縄の人々を苦しめている現実,それに毅然と立ち向かう阿波根昌鴻さんという希有な存在,ともあれこの映画のメッセージをとりわけアメリカ合衆国の草の根の人々に伝えること,そこに「英語版」の必然性がある.